神保町には、学生時代からいろいろな思い出がある。お金がないので建築関係の古本を探したり、文学系の雑誌を探したりした。本だけではなく、楽器店でギターを探したり、大きなスポーツショップでスキーを買って担いで帰った思い出もある。また、裏町のたたずまいは特に好きで、今でもある小さな天丼屋にもお世話になったものだ。大学を卒業し、大学仲間が実際の仕事についた頃、私の後輩である團紀彦君がすずらん通りに設計事務所を構えたというので、古めかしいが威厳のあるビルの急な階段を上ってお祝いしたことも、ついこの前のように覚えている。
それからずいぶん経って、2006年に近隣の日本大学、法政大学、東京電機大学、共立女子大学、明治大学の5大学で「インターユニバーシティ神田」というチームを組み、「まちの図書館」というテーマで、いろいろな街の問題点、特徴を洗い出し、具体的な提案をした。この研究イベントは国の全国都市再生モデル調査事業に選ばれ、運営に骨が折れたものの大変面白かったし、良い経験になった。「街」というものは、個人的な経験でずいぶん知っているつもりになっていても、新しい解説やテクストを与えられて見ると、まったく違った表情に見えてくるところが興味深い。また、このイベントのお陰でいろいろな方々と知り合いになれ、道で挨拶が交わせるようになったことも更に神保町という「街」との付き合い方を変えた。その後、2007年には、自分が在外研究期間であったこともあり、アメリカのハーバード大学大学院の学生と明大大学院の学生が「インターユニバーシティ神保町」というチームを構成し、神保町の街づくりの課題について一緒に取り組み、アンドレア・リアーズ教授と現地で調査・研究・提案をした。この研究イベントもまた、神保町に新しい「街」の表情を与えてくれた。恐らく「街」というものは、こういう多様なテクストが重なり合い、記憶の蓄積との間で見え隠れすることにより、多様で深い表情を生むのだと思う。神保町はまだまだ奥が深いし、これからも更に付き合いを深めることで、「街」の表情を変えてくれるだろう。どのように多様で魅力ある表情を見せてくれるか、今後も楽しみである。
