樽見博さんの神保町

私の神保町

日本古書通信社
樽見博さん
自己紹介
昭和五十四年、日本古書通信社入社。著書に『古本好き』(私家版)『古本通』『三度のメシより古本!』(共に平凡社新書)がある。神保町生活二十八年。

神保町で昔の故郷に出会う

 さる七月に神保町一丁目にオープンした神保町シアターで、昭和三十一年の古いわが故郷に再会した。

 川本三郎さんがプロデュースしたシリーズ「子供たちのいた風景」の中に劇団民芸が製作した「夜あけ朝あけ」という映画があり、川本さんから、「樽見さんの故郷を舞台にしたよい映画だから是非見るように」という連絡を受けたのである。かみさんと行けば映画が千円で見られる年齢になったが、映画館に行くのは、キム拓主演「武士の一分」以来、しかも、一人で観るのは「プラトーン」以来である。古本好きには、子供のころ読んだ本を懐かしさから大枚叩いて求める人が多いが、私は可なりの古本病患者だが、その趣味はない。ただ、やたら懐かしい映像には弱い。「夜あけ朝あけ」に映し出された、戦後まだ貧しかった茨城県西部鬼怒川べりの農村風景や、律儀な働き者の子供達の姿は、年齢とともに緩くなった涙腺を全開にしてしまった。今も変わらない美しい筑波山や、全く同じままの水戸線鉄橋も出たが、外見の豊かさに反して失った物の大きさも心に響いた。貧しい家計を助けるべく必死に働く少年が私の周りにもいたし、中学を終えると就職のため上京する子供がまだまだいた。

 神保町で五十年も前の故郷を映画で確認するとは思わなかった。時々、古書街で古い地元出身の詩人や画家の知らなかった本を見つけることがある。むしろ田舎よりチャンスが多い。ただ、そうした本は発掘した喜びはわくが、失った何物かを感じることはない。失われた風景や人心にはノスタルジーを感じるのに何故だろうか。本は古くなっても生きているからだろうか。